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岐阜地方裁判所高山支部 昭和34年(ワ)30号 判決

原告

蜘手利郎 外二名

被告

大塚外美 外三名

主文

被告大塚外美同荒町富蔵は、連帯して原告蜘手利郎同大霜一臣に対し各金拾七万壱千六百六拾六円、原告大霜昭憲に対し金弐拾弐万九千百参拾壱円及びこれ等に対する、昭和参拾四年七月四日以降各完済に至るまで、何れも年五分の割合による金員を支払え。

原告等の右被告両名に対するその余の請求、並に被告大倉清一同株式会社大倉商店に対する請求は、何れもこれを棄却する。

訴訟費用中原告等と、被告大塚外美同荒町富蔵間に生じた分はこれを三分し、その一を原告等の、その余を被告両名の連帯負担、原告等と被告大倉清一同株式会社大倉商店との間に生じた分は、原告等の負担とする。

この判決は、第一項に限り、原告蜘手利郎同大霜一臣に於て各金五万円宛、原告大霜昭憲に於て金七万円宛の担保を供託するときは、被告大塚外美同荒町富蔵に対し、何れも仮りに執行することが出来る。

事実

原告等訴訟代理人は、被告等は連帯して、原告蜘手利郎、同大霜一臣に対し、各金七拾万参千八百四拾六円。原告大霜昭憲に対し、金七拾六万壱千四百拾壱円及びこれ等各金員に対する昭和参拾四年七月四日(訴状送達の翌日)より完済に至るまで。年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の連帯負担とする。との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告等は何れも亡内垣内志江の子でその相続人である。

二、被告大塚外美同大倉清一の不法行為により、原告等の母故内垣内志江が傷害を受け、遂に死亡するに至つた事実、故内垣内志江(以下志江と略称)は明治三十二年十一月二十日生(当時五十九歳)にして、高山市天満町四丁目六十二番地に居住し、十数年前より同所に於て旅館兼下宿、駄菓子販売、巻ずし類販売等の営業を為し、年額純収入弐拾壱万円の所得により原告昭憲、一臣等の生活を支持して居つたものである。しかるに被告大塚外美(以下大塚と略称)は昭和三十四年四月二十八日午前十時十分頃、右ハンドル付ダイハツ自動三輪車(岐六そ六〇〇二号)の熔接修理を終えて右自動車を運転し、時速約三十五粁の速度で二級国道福井、松本道路上を西から東に向い進行中、高山市天満町四丁目六十二番地先交叉点に差しかゝつた際、同交叉点を北西角から南東に向かい、斜に横断しようとして交叉点に進入していた志江の姿を認めたのであるが、右交叉点は交通整理が行われていない上に、東西に幅員一〇、二米(その内中央六、六米がコンクリート舗装でその両側一、八米各々舗装なし)の主道路が通い、北側に幅員七、五米南側に幅員三、九米の道路となつて居り、且交叉点附近には店舗が立ち竝び道路を通行する歩行者や車馬が絶えることなく、又交叉点北西角の志江乃屋食堂(志江経営)の前には、被告株式会社大倉商店の雇人被告大倉清一(以下大倉と略称)の運転して来た自動三輪車が道路交通取締法施行令第三十条第一項第二号(交叉点又は曲角から五メートル以内)に違反して交叉点又は曲角から一米乃至一、五米のところに不法に駐車していた。このような交叉点を通過しようとする自動車運転者としては、交叉点に進入しようとする歩行者の動静を十分注視し、自動車の速力を減じて除行すべく、又既に交叉点に進入した歩行者がある時は、歩行者をして優先通過させるため、歩行者の交叉点通過まで横断を待つて交叉点に進入すべく、若しくは歩行者に接触又は衝突する等の事故を防止する為め、何時でも有効適切な急制動措置をとることが出来るよう、最も徐行をもつて交叉点に進入するなとして、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、右注意義務を怠り、志江の右前方を通過横断出来るものと軽信し、たゞ漫然と前記同一速度をもつて右交叉点に進入した過失により志江と衝突の危険を感じて、志江の約十米手前において急拠制動措置をとつたが、自動車に前記速度がかゝつていた為め、及ばず、自動車の左前照灯附近を志江に激突させて、志江をしてその場に転倒させ、因つて志江に対し頭蓋底骨折、頭蓋内出血、右上膊骨折、鼻出血等の傷害を蒙らしめて、人事不省に陥らしめ、直ちに高山市天満町三丁目十一番地綜合病院高山赤十字病院に伴い応急手当を加へたが、志江は同日午前十一時四十五分同病院において遂に死亡した。

前記被告大倉清一の不法駐車がなかりせば、内垣内志江は、いち早く被告大倉外美の運転する前記自動三輪車が右交叉点に近づくを認め、その交叉点通過を待つて横断し、本件事故の発生を未然に避け得たであつたであらうに、該不法駐車の為めその視野をさまたげられて、前記大塚の運転する自動三輪車の進行を認めることが遅れた為め、右事故の一因を為したものであつて、即ちかゝる危険防止のため前記の如く道路交通取締法施行令に駐車規定を設けられているのであるから、自動車の運転者は、これを遵守すべき業務上の注意義務があるのにかゝわらず、被告大倉は右注意義務を怠り、前記の如く不法駐車をしたため、志江はその視野をさまたげられ、前示大塚の運転する前示自動三輪車の進行に気付かずして、交叉点横断を決意し進行したので前記事故発生に至らしめたものである。

依つて本件事故は実に被告大塚外美の過失と被告大倉清一の過失とによる不法行為の競合によつて惹起し、為めに故志江に傷害を加え、遂に死亡するに至らしめたものである。故に右被告両名は民法第七〇九条によりこれが損害賠償をする義務がある尚被告大倉清一の駐車と被告大塚外美の業務上過失との間には関連性があり、共同不法行為が成立する。

即ち被告大倉清一の不法駐車なかりせば、問題の交叉点を北西角から南東に横断せんとしている被害者志江は、早く被告大塚の運転する自動三輪車が、西から同交叉点に向い、東進してくるのを認めることができたであらうから直ちに横断を見合せたと推察出来、依つて本件の事故は起さなかつたであらうし、又被告大塚は被告大倉清一の不法駐車がなかつたならば、実際に被害者志江が同交叉点を横断しつゝあるのを認めた時間よりも尚早く、志江の姿を認め得られたことは当然推察出来るのであるから、本件に於ても実際制動措置をとつた時間よりも尚早く制動措置をとることが出来、為めに本件事故は起らなかつたものであることは容易に推察出来る。しからば被告大倉清一の不法駐車と被告大塚の業務上過失には関連性があり、両者の不法行為が競合して本件事故が発生したものであるから両者の共同不法行為が成立する。

又被告大倉清一の不法駐車と被害者志江との間には因果関係があり、被告大倉清一は損害賠償の責任がある。

本件の如き自動車事故に関し、民事責任を探究する方法として今日の民事責任に於ては、専ら被害者の保護、損害の填補を目的とし、且責任要件として故意過失を区別しないのみならず、一定の場合に於ては、或る種の無過失の行為も、帰責原因とする場合さえあるのであるから、一面に於て因果関係の範囲も客観化、普遍化し、以つて賠償義務者の責任を合理化し衡平化しなければならぬ、こゝに因果関係は勢い普遍化せられ、相当因果関係説に帰向せねばならぬ。

被告大倉清一の不法駐車(法律上の義務違反)と被害者志江の死亡との間には左の如き因果関係がある、即ち、

1  被告大倉清一の不法駐車がなかつたならば前述の如く被害者志江は早く被告大塚の運転する自動三輪車が問題の交叉点に向つて東進してくるのを見て横断を一時中止したであらうと通常の注意力を標準として判断出来る。(検証調書)

2  右不法駐車が無かつたならば前述の如く、自動三輪車を運転して問題の交叉点に向い東進している被告大塚が1点(検証見取図ハ点)で制動措置をとるより尚早く被害者志江の姿を見ることを得て制動措置を為し得たであらうことは、これ又通常の注意力を標準として判断できる(検証調書)

3  従つて右不法駐車がなかつたならば被害者志江も横断せなかつたであらうし、又被害者志江が横断せんとして進行しても被告大塚は早くその姿を見て制動措置をとつたであろうから、何れにしても本件の事故が発生せなかつたであらうに右不法駐車があつたばかりに、被告大塚の業務上過失と相まつて本件事故を惹起し被害者の死亡という結果を生じた。

4  よつて被告大倉清一の不法駐車と被害者志江の死亡との間には、善良なる管理者の注意力を標準として不法駐車と被害者の交叉点横断、不法駐車と被告大塚の業務上過失、被告大塚の業務上過失と被害者死亡、被害者死亡と不法駐車との間には前記のとおり客観的相当因果関係がある。

自動車運転者に課せられた注意義務は、たとえば、道路交通取締法(昭二二法一三〇)、道路交通取締法施行令(昭二八政二六一)道路運送法(昭二六法一八三)道路運送車輛法(昭二六法一八五)自動車運送事業等運輸規則(昭三一連四四)自動車道路標識令(昭二六政二五二)等種々の法令において明示されていることも少くない。しかしこれ等法令においては単に、通常の交通上危険の発生するおそれある行為(本件不法駐車は、通常の交通上危険の発生するおそれある行為であると信ずる)が取締の対象として規定されているにすぎず、真に人の生命、身体の安全を図ろうとするためには場合により、これ等を遵守しただけでは不充分であり、別に慣習上ないし条理上の観点から種々の具体的注意義務が併せ考へられねばならない。かような慣習上、条理上のものが少くないのである。(大判大正三、四、二四録二〇輯六二九頁、同大正七、四、一〇録二四輯三二二頁、同大正一四、一〇三集四巻五八〇頁、同大正一四、一〇、同昭和一一、五、一二集一五巻六一七頁、同昭和一四、一一、二七集一八巻五四四頁)社会的相当性の考慮にもとづいて決せられるべき注意義務の性質上、これは当然のことゝいうべきであらう。

これ等の見地から本件不法駐車の責任を探究すると、被告大倉清一が本件事故当時不法駐車をしていたこと、不法駐車により交叉点横断者につき本件の如き事故が発生すべきことがあるべきことを認識予見していたものであることは、被告大倉清一が本件事故発生直後、ひそかにその不法駐車していた自動車を運転して不法駐車の地点、即ち検証見取図イ(志江乃屋食堂前)よりロ、(東履物店前)に後退していながら(検証調書三立会人の指示説明、西村文子、住奥哲男の説明、第一〇回口頭弁論に於ける証人住奥哲男、証人西村文子の各証言により立証)検証に立会つた被告大倉清一は前記検証見取図イの志江乃屋前に不法駐車していたことを否認して、初めよりロの東履物店前に駐車していたと虚偽の答をしているのは、不法駐車をしていたから本件事故の発生したことを認識し、且事前にかゝる事故の発見を予見し得たにも拘らず法律の命じている義務に敢へて違反していたことを知つていればこそ明白な不法駐車の事実をかくさんとする意思からであつて、これは問わざるに語るに落ちる。本件事故の発生又は発生すべきことあるべきを認識予見していることを如実に表現したものである。従つて本件不法行為により被害者の蒙つた損害を賠償する十分な理由がある。

又被害者志江に過失があれば過失相殺によつて損害額が相当減額さるべきことは当然であるが、被害者志江には被告等が主張するが如き過失はない。

被害者志江は、被告大倉清一の不法駐車さえなかつたならば本件交叉点をその北西角から南西角に向つて真直ぐに道路(交叉点)を横断したのに、被告大倉清一の不法駐車があつたので、これにさまたげられて北西角から南東角に向かい、斜めに横断しようとして交叉点に進入し本件事故が発生したものであつて、これは全く前述の如く被告大倉清一の不法駐車と被告大塚の業務上過失の競合によるもので、その結果被害者志江が死亡するに至つたのである。よつて被害者志江には過失が無い。

三、運転者の使用者は民法七一五条によつて使用者責任を負う。而していさゝかでも危険を伴う事業に於ては民法上の規定上無過失責任迄は要請せられないにしても、殆んど之に近い責任を負担せねばならぬと解するを公平の原則上妥当とする。

而して被告大塚は被告荒町の雇人であり、被告荒町はその肩書地に於て自動車修理業を営み居るもので、本件事故は被告大塚が修理終了後の試運転中に引き起したものであり、被告大倉は、飲料水等製造販売を業とする被告大倉商店の雇人であり、本件事故当時前示の場所に不法に駐車していたのは、被告大倉商店の命による営業行為中為したものである。

以上の理由により、何れも民法第七一五条により、被告荒町富蔵は使用者として被告大塚の、被告株式会社大倉商店は使用者として被告大倉の各前記不法行為により、故志江に加えたる損害を賠償する義務がある。

四、前述の如く、故志江の傷害による死亡は、全く被告大塚、被告大倉の共同不法行為(過失に基く傷害致死)に因るものであり、被告荒町、被告大倉商店は共に使用者としてこれが損害賠償の責任を負うべきものである。依つて原告等はいづれも故志江の子供として被告等四名に対し左記の損害賠償請求をする。

(イ)  故志江生存せば得べかりし収入の喪失による損害賠償金前述の如く被告大塚、被告大倉の共同不法行為に因る故志江の非業の死に因り、少くとも右志江の働きによる死亡当時の年収は、二十一万円は下らなかつた、而して志江が一ケ月に要する食費、衣服費、医療費、小遣、雑費等を五千円と見積り、これを控除すると、一ケ年の純収入は金十五万円となる。志江は普通の健康の満五十九歳の女子であるから、志江の余命は少くとも今後二十二年間(厚生省統計調査部作成第九回生命表による)あるものと認められる故。三百三十万円の純収入を得べき計算となる。右収入は二十二年後に至るまで漸次得べかりしものであるから、今一時に損害の賠償を求むるため、ホフマン式計算法により年五分の金額を差引くべきものであるから金百六十万九千七百五十五円円(以下切捨て)となる。

右志江は生存すれば、右金額の利益を得べかりしに、本件事故のためこれを喪失したるにより、加害者たる被告大塚、被告大倉並にこれ等の使用者である被告荒町、被告大倉商店等四名に対し右の損害賠償の請求権を有すべく、その死亡により志江の子たる原告等はいづれも各三分の一の相続分の割合に応じ、志江の被告等に対する右請求権を相続により承継した。

依つて被告等は民法七一九条により連帯して各原告に対し各その相続分に相応する各金六十万三千八百四十六円(円以下切捨て)の支払を要求する。

(ロ)  被告等はその共同不法行為又は使用者たる責任により、前述の如く志江を傷害死に至らしめ、因つてその子たる原告等に対し甚大なる精神上の苦痛を加えた。この無形的損害賠償として原告等は被告等四名連帯して慰藉料として金三十万円(原告一人当り金十万円の割)を、原告等に支払うべきことを要求する。而して右慰藉料は左記当事者の地位、身分、職業、財産より算出したものである。

(1)  原告蜘手利郎は、大正十五年三月十八日生にして、尋常高等小学校高等科二年を卒業し、現在肩書地に於て食料品販売業を営んで居り、家族はその妻と二人暮しで普通の生活をしておるものである。

(2)  原告大霜昭憲は昭和十四年十一月十四日生、にして新制中学校を卒業し、市内の丸中製パン工場に販売員として勤めていたものである。

(3)  原告大霜一臣は、昭和十六年八月二日生にして、新制中学校を卒業後飛騨産業株式会社に職工として勤め、斐太高枚夜間部に通学していたものである。

(4)  被告大塚外美は、被告荒町富蔵方に雇われ、自動車類の修理運転に従事しておるものである。

(5)  被告荒町富蔵は肩書地に於て自動車修理を営み盛大に営業をしておるものである。

(6)  被告大倉清一は、被告株式会社大倉商店に雇われ、商品の販売、配達をしておるものである。

(7)  被告株式会社大倉商店は、昭和二十六年四月二十七日成立し、肩書地に於て清涼飲料製造及販売、酒類販売、嗜好飲料製造及び販売、食料品、調味料品及び製菓原料の製造及販売業を営み、その資本金は金三百万円であるが、その営業実績は飛騨地方に於ける一流業者である。

(ハ)  葬式費用金五万七千五百六十五円を要した。

以上損害賠償請求額合計金百九十六万七千三百二十円である。

依つて原告等は、被告等に対し、前記の如く、損害賠償請求金百九十六万七千三百二十円及びこれに対する訴状送達の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求むる為め本訴に及ぶと陳述し、

尚、被告大塚、同大倉の本件行為が共同不法行為となるとの点につき、

被告大塚、同大倉は被害者志江の身体、生命権侵害なる損害に対して、ともに原因を与えたる不法行為者(過失による違法行為者)である。民法は惹起せられたる損害に対して原因者を求め、これをして損害填補の責に任ぜしむるを目的とするものである故に、被害者志江の身体、生命権侵害という同一の損害に対して違法に原因を与えた右被告両名は民法第七一九条により共同してその責任を負担すべきである。

而して共同不法行為というが為には、被告大塚、同大倉の不法行為者間に意思の共同(通謀)あることを要せず、主観的共同の認識を必要とせず、苟くも被告大塚、同大倉等が皆本件損害の原因たる被害者志江の身体、生命権侵害を為したものであるから共同不法行為が成立し連帯してその損害賠償の責に任ずるのは当然である。

又被告大倉の自動三輪車の駐車行為が道路交通取締法令違反であることは、本件交叉点北西角の志江乃屋食堂(志江経営)の前には、被告株式会社大倉商店の雇人被告大倉清一の運転して来た自動三輪車が交叉点から一、五米曲角から一米のところに駐車していた。

右被告大倉の駐車行為は、昭和二十八年八月三十一日政令第二六一号道路交通取締法施行令第三〇条第一項第二号に該当する不法駐車行為である、と附陳した。(立証省略)

被告大塚、同荒町訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め原告等の身分関係及び内垣内志江が高山市天満町四丁目六十二番地に居住して原告主張の如き営業をしていた事実は認めるが、同人に年額二十一万円の所得があつた事実や同人がその所得により原告昭憲、一臣等の生活を支持していたとの点はこれを争う。

被告荒町は、昭和三十四年四月二十八日午前十時十数分頃右志江が巻ずし等を木箱に入れ、同市天満町四丁目八沢てつ方に赴かんとして、原告主張の十字路を北方より南方に進行した事実並に被告大塚が主張の自動車を運転して同十字路を西方より警笛を鳴らすことなくして東方に進まんとして、内垣内志江を同自動車に触るるに至らしめて、同人を傷害し、依つて死に致したもので、この事実につき被告大塚に過失のあつた事実並に右志江の遣骸が火葬にされた事はこれを認めるが、事故の際被告運転の自動車速度が高速度であつたとの点は争う。又被告荒町は右被告大塚の事故を惹起しその為め内垣内志江が死亡したとのことは聞知しているが右事故が被告大塚の過失によるものか、又内垣内志江が右大塚の過失によつて死亡したものかは不知である。

又内垣内志江の収入の点従つてこれが死亡に因り原告主張の如き損害が生じたとの点並に葬式費用の額等は何れも凡てこれを争う。

被告荒町が自動車修理業を営むものであり、被告大塚が被告荒町の使用人であることは被告等はこれを認めるが、本件事故は、被告大塚が修理終了後の試運転中に生じたものであるとの点は否認する。即ち本件事故は被告荒町が、被告大塚に対し、高山市名田町四丁目旭電気こと吉村光三方に本件事故惹起自動車のエンジン、カバーのステーと称する部分の電気熔接による修理に赴かしめたところ、被告大塚は、修理後真直ぐに被告荒町方に戻るべきを自儘な気持で散歩でもするつもりで必要の無い道筋を反対の方向に遠廻りして進行し本件事故現場に差かゝり事故を惹起したものであつて被告荒町の業務執行中に事故を起したものでは無い。

又原告等の慰藉料の数額、被告荒町の営業の形体を争い、仮りに亡内垣内志江の年収が二十一万円あるとしても、同人は広い家屋を所有しこれを利用して旅館下宿業等を営んでいたもので、同人の収入の重要部分は同人の勤労では無く、家屋という財産より生ずる収入であることを主張すると述べ、尚被告大塚は金千円被告荒町は金三千円を各香典として故志江の霊前に供えているから被告等に慰藉料支払の義務ありとしても、右金額は当然差引かるべきである。又本件自動車事故発生の直後の頃右被告両名は原告等の損害の一部恢復にもせよその恢復の一日も早からんことを希求し、原告等に於て、自動車損害賠償責任保険会社に対し為さる可き保険金支払請求手続に要する諸書類を原告等に交付したのである。然るに原告等はその手続を怠り今に保険金受領の運びに至らざるのみならずその金額すら判明しない状態にある。

自動車損害賠償責任保障法の精神は、被害者をして民法による損害賠償受領に先きんじ同法により損害の一部分にもせよ、応急的に損害賠償を受けしめるというにあるや明白であつて、民法の規定は、被害者の損害恢復につき補充的関係にあるともいう可きである。

それ故本件に於て、原告等の受ぐ可き保険金額は、原告等の本件請求金額より控除せらる可きである、被告荒町に対する関係に於ても同様である。旨附陳した。(立証省略)

被告大倉清一、同株式会社大倉商店訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告等の身分関係、被告大倉清一の操縦する被告会社所有にかゝる岐せ三一七六号自動三輪車が亡内垣内志江方前道路に駐車していたこと(但し駐車の点は被告大倉清一のみ)、被告大倉清一が被告会社の被用者であり、被告会社はその使用者であること、被告大倉清一が亡内垣内志江の傷害事故当時被告会社の商品の配達の為め亡志江方に赴いていたこと、被告会社が製菓原料の製造販売業を営むとある部分を除いて被告会社の営業目的などはいづれもこれを認めるが、その余の原告主張事実はこれを争うと述べ、被告大倉清一の主張として、被告清一は被告会社所有にかゝる自動三輪車を高山市天満町四丁目六十二番地亡内垣内志江方店舗先街路え同家軒下より約一メートル南方の街路北側、駐車個所東方の交叉点より約七メートル西の地点において、街路に幅三、四メートル以上の余地を、他の車馬の通行のために残して駐車していたのであるから道路交通取締法令に違反していない。従つて被告清一には、原告主張のような過失はないから不法行為に因る損害賠償の責を負ういわれはない。

被告会社の主張

被告大倉清一が主張するように、被告会社の被用者である被告清一には何等の過失が無いから使用人である被告会社には原告主張のような不法行為による損害賠償の責任は無い。

又被告大倉清一の駐車と被告大塚外美の業務上過失との間には関連性がないから共同不法行為は成立しない。

共同不法行為が成立するためには、大倉清一の駐車と大塚外美の業務上過失との間に関連性が無ければならない。

ところが事故発生現場の交叉点附近は交通量が多く歩行者や車馬が絶えず往来し、且つ交通整理が行われていなかつたから(甲第九号証同第十二号証)歩行者である被害者志江は、自動車等の通行に十分注意し、安全な時期に北から南え真直ぐに道路(交叉点)を横断しなければならなかつた。(道路交通取締法施行令第九条第二項御参照)。そうすれば大倉清一の駐車自動三輪車があつたにかゝわらず甲第十号証(見取図とも)により明らかなように、又貴庁検証の結果(検証調書中見透し状況に関する記載)によつても疑の無いように、志江は大塚外美の運転していた自動三輪車の殆んと全部を認めることが出来た筈であるし、又大倉清一にとつて最も不利益な供述を為す西村文子(原告大霜一臣の後見人西村元孝の妻)の指示によつてすら、右自動三輪車の車体の右前部の一部、前車輪の一部及び右前照灯の全部を認め得た筈である(検証調書第八写真)から、大倉清一の駐車自動三輪車によつて、視界をさえぎられることなく、交叉点に立入る前に、大塚外美の運転する自動車が東進して、交叉点にさしかゝろうとしていたのを直ちに発見し得て、事故の発生を未然に防止することが出来たのである。然るに志江はこれを怠り小走りに斜に交叉点を横断しようとして(甲第七号証同第十二号証)大塚外美の運転する自動三輪車と衝突して死亡するに至つたのである。

換言すれば、志江の死亡は、大倉清一の駐車とは何等の関係なく、大塚外美の業務上過失と志江の過失とが競合して発生したものであつて、大倉清一の駐車と大塚外美の業務上過失との間には何等の関連性がないから、共同不法行為が成立する余地はない。

原告は、大倉清一が正常な地点に駐車させていたなら志江は視界をさえぎられることなく、直ちに大塚外美の運転する自動三輪車を発見し得て、事故は発生しなかつたのであると主張するけれども、これは原告が大倉清一及び株式会社大倉商店にも損害賠償責任を負担させようとするに急なるの余り、前に述べたように、見通しが十分利いていたという。証拠上明白な事実を無視した仮定の事実に基き道路交通取締法令に違反する行為があれば直ちに民事上の不法行為が成立するとなし駐車を志江の死亡に結びつけようとするけん強附会の主張であつて到底肯定できないところである。

又大倉清一の駐車と被害者志江の死亡との間には因果関係がないから、大倉清一には賠償責任はない。

駐車と死亡との間に因果関係が成立するためには、

(イ)  不法駐車が無かつたなら、道路横断者の死亡は生じなかつたであらうと認められる外に、

(ロ)  不法駐車があれば通常道路横断者の死亡を生ずるであらう

と認められる場合でなければならぬ。

たとえ不法駐車があつたとしても、道路横断者が周到な注意を払えば、その死亡は生じなかつたと思われることは、前に述べたとおりであるから不法駐車は通常道路横断者の死亡を引きおこすとは云えない。

従つて駐車と志江の死亡との間には因果関係はなく、大倉清一には賠償責任はない。

仮定抗弁

以上述べたところにより、原告の被告大倉清一並びに株式会社大倉商店に対する請求は理由が無く棄却さるべきものであるが、被告は更に以下の仮定抗弁を提出する。

仮りに、大倉清一につき不法行為が成立するとしても、大倉清一は、志江の店の間に於て表道路(原告主張の国道)に向け清涼飲料水の空びんの整理をしていたので、志江が外出して交叉点を横断しようとしていたこと、及び大塚外美が自動三輪車を運転して道路を東進し、交叉点にさしかゝろうとしていたことは、知らなかつたのであつて、志江の死亡は大倉清一の予見又は予見することのできなかつた大塚外美の業務上過失という特別の事情によつて生じたものであるから大倉清一には賠償義務はない。

仮りに百歩を譲つて、大倉清一に損害賠償責任があるとしても、被害者志江には前に述べたように重大な過失があるから大倉清一の過失と相殺し、損害賠償額を定めるにつき斟酌さるべきである。

右に述べたように被用者大倉清一に賠償責任がないから使用者株式会社大倉商店には責任はない。

仮りにあるとしても大倉清一の点につき述べた過失相殺の主張をすると述べた。(立証省略)

理由

第一、各原告等と亡内垣内志江の身分関係、被告大塚外美と被告荒町富蔵間の雇傭関係、並に被告荒町の業務形態、及び被告大倉清一と被告株式会社大倉商店との間の雇傭関係並に被告商店の営業目的(一部製菓原料の製造販売の点のみ除き)については各当事者間に争が無い。

第二、被告大塚外美関係

一、被告大塚の不法行為と内垣内志江の逸失利益の賠償について、

1、内垣内志江の死亡と被告大塚の過失について、

昭和三十四年四月二十八日午前十時十分頃、右ハンドル付ダイハツ自動三輪車岐六そ六〇〇二号を運転する被告大塚外美が、高山市天満町四丁目六十二番地先を西方より東方に向つて進行し通称八軒町通り交叉点に差しかゝつた際、のり巻すし、揚ずし二十数個を容れた木箱二個を持つて同交叉点を北西角から南東に向い横断しようとして道路に進入した。同市天満町四丁目六十二番地にて旅館兼下宿、駄菓子販売、巻ずし類販売業を営む当時五十九才の内垣内志江と衝突し同交叉点路上に於て同人に頭蓋底骨折、頭蓋内出血、右上膊骨折、鼻出血等の傷害を負わせ、同日午前十一時四十五分高山市天満町三丁目十一番地高山赤十字病院に於て死亡するに至らしめた事実、及び被告大塚が右自動車を運転して前記交叉点西方より警笛を鳴らすことなく進行して来たこと並にその事故原因につき被告大塚に過失のあつた点及び、同交叉点は交通整理の行われていない地点である点に付ては何れも右当事者間に争が無いところである。

2、被告大塚は事故発生の際の被告運転の自動車速度が高速度であつた点を否認するので先づこの点に付按ずるに、当事者間に成立に争の無い甲第七号証(大塚司法警察員に対する供述調書)によると、同場所は交叉点で特に徐行しなければならないに拘らず時速三十粁以上で走つていた為め制動距離が十四、五米もかゝり本件事故を惹起した旨の同人の供述により、同被告は、単に交叉点に進入しようとしつゝある歩行者の動静を十分注視するなど運転者としての通常の注意を怠つたのみならず、かゝる交通整理の行われていない交叉点を横断しようとする場合には、既に他の道路から当該交叉点に入らうとする車輛があるかどおか、又その附近で歩行者が道路を横断しようとしている者があればその歩行者をして優先して通行させる為めに徐行又は一時停車などの措置を構ずべき業務上の注意義務があつたに拘らず、漫然減速の措置をとることなく進行したため、約十六米手前で右交叉点附近道路上を北側より南側に向つて横断しようとしている内垣内志江を認めたのであわてゝ急拠制動措置をとつたが右認定の如く減速措置を怠つていたため及ばず前記事故を惹起したことが認められるので被告の前記主張は到底認めることが出来ない。

3、以上により内垣内志江の死亡の事故原因が、被告大塚の自動車運転者として当然遵守すべき業務上の注意義務怠慢により惹起したものであり、従つて同人に、よつて生じた損害を賠償するの義務あること、また当然といわねばならぬ。

4、慰藉料請求権の相続

特別の事情の無い限り、被害者による請求の意思表示の有無を問わず、原則として慰藉料請求権は相続されるものと解せられるから、原告等は被害者内垣内志江の直系卑属として相続によつてこの権利を各相続分に応じて相続したものということができる。

5、損害賠償額の算定について

被害者内垣内志江の当時に於ける旅館兼下宿、駄菓子、巻ずし類販売等の営業による年額収入が金二十一万円であることは、成立に争の無い甲第四号証(所得税確定申告書)及び被告大霜一臣後見人西村元孝の供述によつてこれを認めることが出来る、而して右収入の内志江の一ケ月に要する食費、衣服費、医療費、小遺、雑費等に五千円を要するを相当とすることも右西村元孝の供述などよりこれを認むるに難くないからこれを差引く時は同人の一ケ年の純収益は金十五万円となる。

内垣内志江は事故当時五十九才であつたことは当事者間に争の無いところであつて、五十九才の女子の平均余命が一七・五四年であることは当裁判所に顕著な事実であるが、右志江の営業並に健康状態などより考慮して同人の前記収益を継続して得られると思われる労働可能年数は十年をもつて相当とする。

而して事故後十年間の内垣内志江の逸失利益を現在額に於て計算する為めホフマン式計算法により中間利息を控除するときは金百万円となること計算上明かである。

6、過失相殺について

右金百万円が被告大塚の支払う可き損害賠償額かというに、被告は自己の過失による事故を認めながら、その原因及び負担損害額につき極力争うものであるから、被告に負担させる可き損害額については、あらゆる事情を考慮して決定するのが公平の原則からも当然である。それには右事故が被告大塚のみの過失によるものか即ち被害者たる内垣内志江の側に帰責の事由が無いか否も重要な事実として考へねばならぬ。

成立に争の無い甲第七号証、同第十号証、証人西村文子の証言及び当審検証の結果を綜合すると、当時内垣内志江は、その頃同人方に注文取りの為めに来た被告大倉清一と応待した後、同人の運転して来た右記自動三輪車が自分の店の前に駐車している直前を通り抜けて前の道路を横断し注文の品(巻ずしなど)を届けるため道路中央辺に進入した際被告大塚の運転して来た自動車と衝突し事故を惹起したものであることは前記認定のとおりであるが、右大倉の自動車が志江の横断前より前記場所に駐車していたものであるから当然志江は其場所を通行するに際しては右車輛を認識していたことは疑が無い(西村文子の証言など)斯る駐車せる車輛の直前を通行する場合、本件の如く前方が道路であるのだから当然車輛などが自己の前途に進行してくる危険のあることは道路を横断する者の当然予期しなければならぬところで、このことは敢えて道路交通法の禁止を待つまでも無いところである。(同法第十三条)

而して前記の証拠によるときは、内垣内志江は、右通路横断に際し、被告大倉の自動車の駐車に拘らず、約十六米先に被告大塚の運転する自動車の進行を認め得たのであるから普通の道路通行者の注意を払つて横断していたならば、直ちに進行を停止するか一時後退するなどして事故を未然に防げ得たであらうことは同道路の交通量(甲第一〇号証)などから考へても看易い事実といわねばならぬ。

然るに志江は、右大塚の自動車などには無関心の如く、道路横断者の注意義務を無視して漫然と進行を継続したため右被告大塚の過失と相待つて本件事故が発生したものであることは前記証拠上明といわれねばならぬ。

果して然らば、被害者たる内垣内志江の側にも重大なる過失があつたものということが出来るから、斯くの如く事故発生につき被害者側にも過失があるときは損害賠償額を算定するに当りこれを斟酌するのが公平の原則上も当然であるから、右被害者志江の過失を考慮して考うれば、被告大塚の負担すべき損害賠償額は金五十万円をもつて相当とする。

7  被告は、亡志江は広い家屋を所有して旅館業を営んでいたものでその収入は不動産によるもので志江の勤労によるもので無い旨主張するが、西村元孝本人訊問の結果によると、なる程亡志江はその住宅を所有し旅館下宿業を兼ねて営んでいたことは認められるが、右家屋は借地の上に借入金約五十万円をもつて建築したもので、その為め右建物は債権者に売渡担保として所有名義も移転してあり、現在漸く月六千円の利息のみ支払おる状態で元金は未払というのである。又その営業形態から考へても右志江の営業収益は単に不動産収益と認める余地が無いからその主張は採用することが出来ぬ。

8、然らば亡志江の相続人である原告等はその直系卑属として各三分の一宛の相続分を有するものであるから、各一人の相続分は金十六万六千六百六十六円(円以下切捨て)となる。

二、原告等の慰藉料請求について

原告等は、被害者たる母の逸失利益の損害賠償を相続人として請求する外、遺族として固有の慰藉料請求を為すので、果して遺族たる原告等が、被害者から相続した慰藉料請求権と、自己固有の慰藉料請求権とを同時に行使し得るか否については疑問もあるが、所謂賠償の二重取りに為るものでないことは明かであるから許容すべきものと解する。

前記の如き事実関係に於て被害者の子たる原告等が、母を不慮の死によつて失つたことにより蒙つた精神的打撃による慰藉料額に付き判断するに、原告等は何れも義務教育を了えてそれぞれ就職して居り何れも相当の収入を得ていたものであることは西村元孝訊問の結果によつて明かであつて、既に妻帯して世帯を別にしていた原告蜘手利郎は勿論、原告大霜昭憲も濃飛商工運輸に勤め月収一万五千円を得て居り、又大霜一臣も飛騨産業株式会社に勤務し六、七千円乃至一万円位の収入を得ていたというのであるから、母の志江と同居していたとしても既に母の扶養なくして独立して生活し得る状態にあつたものと認められるから、何れも母の不慮の死によつて扶養の権利を侵害されたと認むることは出来ぬ。

それと志江の葬式費用約五万円は当然子供たる原告等の将来負担せざる可からざる費用に属するに拘らず、被告大塚の不法行為により後記認定の如く全部被告大塚に負担させる結果と、僅少ではあるが被告大塚より金千円同人の傭主たる荒町より金三千円の香典を受取つて居る点、被告大塚の地位収入財産状態及び事故の態様並びに原告等が相続人として別に慰藉料の請求をして居る点を考慮するときは、被告大塚の原告等に支払う可き慰藉料額は一人に付五千円宛をもつて相当と思料せられる。

三、葬式費用の負担について

証人山下功並に西村元孝の各供述並にそれ等によつて各成立の認められる甲第十五号証の一、二、第十六号証の一、二第十七号証の一乃至十二、第十八号証の一、二第十九号証を綜合すると亡内垣内志江の死亡による葬式費用として金五万七千四百六十五円を要したことを認めることが出来る。

原告主張の金五万七千五百六十五円中百円は西村元孝の供述によると、死亡診断書の中一通(甲第十七号証の十一)は本件訴訟に必要な為め作成して貰つた費用というのであるから葬式費用に包含されないこと明かといわねばならぬ。而して右葬式費用は何れは相続人等に於て負担すべき費用ではあるが、本件の如く不法行為によつて止むなく支出を余儀なくされたような場合加害者に負担させるは公平の原則からも当然であるから、当時喪主として右費用の支出をした原告大霜昭憲に対し被告に於て賠償の責任あるものといわなければならぬ。

以上により被告大塚は、原告蜘手利郎同大霜一臣に対し各金拾七万壱千六百六拾六円、原告大霜昭憲に対し金弐拾弐万九千百参拾壱円宛損害賠償義務あるものである。

第三、被告荒町富蔵関係

1、被告大塚が被告荒町の被傭者で、当日被告大塚は被告荒町の命によりその営業に属する自動車修理の為め前記自動車を高山市名田町四丁目旭電気こと吉村光三方に運転して行き、修理が終つたので、その帰途本件事故が発生したことについては多く当事者間に争の無いところである。

2、ただ被告荒町は、被告大塚は命ぜられた修理が終つた後真直ぐに被告荒町方に戻る可きに拘らず、自侭な気持で散歩でもする積りで必要の無い進筋を反対の方向に遠廻りして進行し本件事故現場に差しかゝり事故を惹起したもので、被告大塚は被告荒町の業務執行中に本件事故を起したものでは無い、旨主張するので按ずるに、被告大塚外美の供述並に成立に争の無い甲第七号証によると、被告大塚は本件事故発生当時、被告荒町の命により前記自動車の修理の為め旭電気熔接所に赴き、修理が終つたので試運転をしながら工場へ帰る途中本件事故が発生したことを認むるに十分であつて、仮令同人の通行道順が工場への最短距離で無かつたにせよ、右のような目的で運転する場合廻り道をすることは通常考へられるところであつて、被告大塚の運転が業務外であつたと認むることは出来ないし又これを認むるような他に何等証拠も無い。

3、果してそうとすると被告荒町の被傭者である被告大塚がその事業の執行につき内垣内志江に対し加えたる前記損害について、被告荒町にもその責任があるものといわねばならぬ。又被告大塚の責任を被告荒町に於て負担するにつき免責の事由についての主張若しくは証拠もない。

第四、被告大倉清一の関係

一、被告大倉の駐車と事故との関係

1、被告大倉の駐車場所について

被告大倉清一が本件事故発生当時内垣内志江方前にその運転する自動三輪車(岐せ三一七六号)を駐車していた事実については、当事者間に争が無いが、その駐車場所が交叉点の側端又は道路の曲り角から五メートル以内にあつたか否につき、被告は駐車個所は「東方の交叉点より約七メートル西の地点」と主張するので、按ずるに、証人住奥哲男の証言被告大倉清一の供述によると、必ずしも事故当初東方曲り角より五米以内にあつたと断定し難いような点もあるが、更に右証拠と証人西村文子の証言、成立に争の無い甲第十号証竝に当審検証の結果を綜合すると被告大倉の駐車位置は、原告主張の如く交叉点の曲り角より五米以内にあつたものと認めるのが相当である。

2、いわゆる不法駐車と視界妨害

検証の結果等を待つ迄も無く道路を横断する場合、その前方若しくは側方に車輛等が存在するときその物体を越えて前方に対する視界が妨げられることは事理の当然といわねばならぬ。

されば内垣内志江が被告大倉の駐車せる自動車の直前を横切つて通行せんとするとき西方道路に対する視界を妨げられたであろうことも多く疑の余地が無い。

然し、若し右志江の死亡事故の原因が被告大倉の駐車せる車輛による視界妨害にあるとしても、その場合特に大倉の駐車が不法(道路交通取締法施行令違反)たることを要求する必要性があるであらうか。

道路を横断する者は必ず交叉点を通行するものとは限らず、特に本件内垣内志江の如く、交叉道路の対角線道路より交叉点に進入して来たものでなく、道路に面する自己の店舗より対面側に向つて道路を横断せんとした(証人西村文子証言)ような場合には、右駐車規則違反と視界妨害とは殆んど無関係ということが出来る。即ち斯る横断の場合には何処如何なる場合の駐車に於ても生じ得る事態といつても過言で無いからである。

3、被告大倉の駐車と内垣内志江の事故との因果関係について

駐車している車輛の前面を通つて道路を横断せんとするとき、その駐車々輛を通じて前方の視界が妨げられることは前記のとおりであるが、斯る駐車による視界の妨害が直ちにその車輛の前方を通行する者と該視界の奥より進行して来た自動車の衝突事故と因果関係があり、その視界妨害行為は衝突事故の直接の原因となつた自動車運転者の過失と相待つて被害者に対する共同不法行為となり、当然損害賠償の対象となるとの原告の主張について按ずるに、

(イ) いわゆる視界妨害の物体である自動車の駐車が、単に道路交通法規違反の不法駐車たるの故をもつて、直ちにその後の突発事故に対する原因(不法行為上の)とすることの失当なることは前陳のとおりである。

(ロ) 然らば被告大倉の駐車行為と内垣内志江の衝突事故との間に相当因果関係があるか否を究明することが必要にして又十分と思料する。

右内垣内志江の事故が被告大塚の不法行為に基くものであること、而してその衝突事故は被害者である内垣内志江にも重大なる過失があつたことは前段に於て認定したところである。

(ハ) 右内垣内志江の死亡事故は、単に被告大塚の不法行為と被害者志江の過失のみによるものでなく、被告大倉の過失による駐車行為が加功して初めて発生した(相当因果関係ある)ものと見る可きか、について考へて見る。

右内垣内志江が当日事故のあつた場所を横断するとき既に被告大倉の自動車が駐車していたことは前段において認定した如くであつて、被告大倉の駐車行為により積極的(故意)に右志江の視界が妨害されたものでないことは明かである。

(ニ) 成立に争の無い甲第十号証によると、被告大塚は本件事故発生の直前、被告大倉の自動車の駐車に拘らず約十六米前方に於て被害者志江を認めたことが明かである。

これを逆に志江の側からすれば、志江は被告大倉の自動車によつて西方道路の視界を妨げられたとは雖も、その後右大倉の自動車の前面を通り越して西方道路に対する視界が開けた時少くも約十六米先を東に向い(自分の方向に)進行してくる被告大塚の自動車を発見出来た筈である。

よつて志江にして若し通常人の注意をもつて道路を横断しておつたならば、当然本件衝突事故の如きはさけ得たであろうことも既に前段に於て認定したところである。即ち本件事故は被告大倉の駐車による視界妨害の事実があつたとしても、内垣内志江の衝突事故はその後同人の道路横断者としての通常の注意義務を怠つて無謀に道路内に進入したという過失が、被告大塚の不法行為と相待つて事故発生の原因を為したと認めるのが相当であつて、以上認定の程度の被告大倉の駐車による通行人たる志江に対する視界妨害は、その後の志江の無謀な道路横断という新な事実によつて因果関係は中断せられ、その後に発生した衝突事故とは関係無く、従つて被告大倉には損害賠償義務も無いものと見るのが社会通念上も妥当と思料する。又他に被告大倉の故意過失を認定するような何等の証拠も無い、よつて原告等の被告大倉清一に対する請求は何れも理由なきものとしてこれを棄却することゝする。

第五、被告株式会社大倉商店との関係

前段に於て認定のとおり被告大倉清一に不法行為の責任無く、従つて損害賠償の義務も無き以上、被告清一の使用者としての責任を追及する本件被告株式会社大倉商店に対する請求もまた理由が無いこと明かであるから、原告等の被告会社に対する請求も棄却することとする。

以上により原告等の被告大塚及荒町に対する請求は前段認定の範囲に於て相当であるから右各金額とそれ等に対する本訴が被告等に送達せられた日の翌日であることが記録上明かである昭和三十四年七月四日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を求むる請求はこれを認容し、その余の請求並に被告大倉並に株式会社大食商店に対する請求は何れもこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 米本清)

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